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銀色の空
第二話 −撃墜、二−




空に輝く鳥達が見えた。

彼らがこの巣に帰ってくる。

彼らは猛禽、今日はどれだけの餌を平らげて来たのだろう。

一羽ずつ、ゆったりと舞い降りて、その翼を休めてゆく。

勝利は明白だ。


……しかしはたと気付いた。

強い違和感。その次に数を数えた、やはり足りない。

そして。全てが降り立ってから、機体番号を見る。

そこで、やっと。


彼だけがいないことに、気付いた……

 




 ……基地が見えた瞬間、体の力が一気に抜けた。思わず笑みが零れてしまうくらい、素直に嬉しかった。操舵を誤らないように注意を払いながら、無事我が家に戻れることを喜ぶ。
 ただ高度を下げ始めると、緊張はすぐに戻ってきた。
 狭い着陸輪の間隔……着陸時の視界の狭さ。着陸での事故は多いらしい。
 隊長が先に降りた。それを見届けてから、僕も続く。
 所定の高度、スロットルを下げる。フラップを開き、着陸輪を出す。グン、と機が重くなるような感覚。速度と高度が落ちてゆく。
 風は東……右側から吹いてくるけど、それほど強くない。機は安定してる。
 滑走路が徐々に近づき、そして。
「――……んっ」
 接地。
 エンジンのものとはまったく違う振動、ガタガタと機体が揺れる。流れる景色が遅くなってゆく。迎える基地要員の人たちがよく見えるようになった。キャノピーを開いて、そういえば付けっ放しだった酸素マスクを外す。より冷たい空気が中に入ってきて、汗を掻いていることも相まって体温が下がるのが分かった。
「……寒っ」
 やがて機体が止まって、整備兵が駆け寄ってきた。
 なんだか笑顔を浮かべている。
「ルミア無事だったか!?」
「はい、なんとか……」
「よかったなぁっ、みんな全力で心配してたぞ?」
「ありがとうございます、大丈夫です」
 飛行帽を取った。随分汗を掻いてる、すぐ凍りつく。
 ちょっと後悔、だけど付け直すのもなんだか変な感じだ。そのままで、機を降りた。
「機体の調子はどうだったかい?」
「最初は少し冷えていて出力があがりませんでしたけど、戦闘中は快調でした」
 ハンガーに格納されるメルスを見つめる。
「彼女は、すごく速いですね」
「……ん?」
「あぁ……すみません、メルスのことです」
 戦闘に入ると痛感した。
 この性能には、きっとこれから生き残る限り助けられるだろう。
「――ルミア!!」
 さっさと来いと、中尉が手招きする。
「 帰還報告までが任務だぞ!」
「あっ、了解!」
 慌てて向かう――前にっと。
「ベーア軍曹っ」
「ん?」
「ありがとうございましたっ、軍曹達の整備のおかげです!」
「え、あ、あぁ……」
 ぽかん、と口を空けた軍曹に敬礼を残して、ボクは走った。

「すみません……うっかりしてました」
 中尉の隣に並んで頭を垂れる。
「まあいいさ。初陣で無事帰ってこれたんだ、嬉しいだろう?」
「隊長のお陰です。後ろにつくだけで精一杯……」
「……それ本気で言ってるのか?」
「え?」
「……はぁ、まあいい」
 変な顔のままため息をついてから、中尉はボクの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 ちょっと痛い。
「そこがお前の少しいいところだ、それでいいぞ」
「な、なにがですか??」
 ニカッ、と中尉は笑みを浮かべた。
 なんなのかよく分からないまま、滑走路脇の待機壕の中に入った。

 そこで帰還報告。
 ボクはその場で、やっと今日の戦闘の詳細を知った。

 撃墜・撃破20。こちらの損害は無し、小破が4機だけ。

 なかなか無い大勝利。飛行隊長のハルム少佐は冷静に、それでも誇らしげに喜んでいる。
 そんなとき。
「――ユーティライネン軍曹」
「えっ、は、はいっ!」
 いきなり呼ばれて、固まった。
 ……ボク何かしたかな? 失敗なら、きっとあったと思うけど……。
「そう身構えなくてもいいじゃないか。初陣で2機も撃墜を記録するとは、驚いたよ」
「え?」
 2機……?
「素晴らしい才能が君にはあるのだろうな。この調子なら次でエースだ、頑張ってくれ」
 エース? 誰が……? ボク??
 実感が沸かないまま解散を告げられた。
 そして少佐が壕から出ると同時。
「――わ」
 ボクは……隊のみんなに揉みくちゃにされた。
「お前凄いな!!」
「魔法でも使ったのか!?」
「当たり前みたいな顔しやがってこのやろっ!」
「ボクも分からむぎゅぅ」
 押し潰される……いやほんと苦しい……
 肉塊の中、隙間から見える中尉に手を伸ばす……けど。
 笑って、スルーされた・・・・・・・・・


「ふぅ……」
 戦友達の追撃から逃れて、ボクは自室に逃げ込んだ。
 小隊分の部屋、だから四人。だけど今この部屋で過ごしているのはボクと中尉だけ。
 もともとは三人だった。二段ベッドが二つ、そして右側の下の段がボクの場所。
 ストーブを焚いてから飛行服を脱いで、疲れた体を、そこに横たえる。
「……帰って、来れたよ」
 一月前まで上の段で寝ていた彼に、ボクは告げた。
「2機、落としたって。実感ないのにさ」
 人差し指と、中指を立てて、2つ。
 2回しか弾は撃たなかった。だったら覚えてる。
 SB-2二機。
 SB-2って、何人乗りだっけ……?
――ガチャ
 扉が開いて、中尉が入ってきた。
 ご機嫌なところを見ると、もう夕食を食べたのだろうか?
「お疲れさん。飯食ったらどうだ?」
「あの、中尉」
「なんだ?」
「SB-2って、何人乗りでしたっけ?」
「3人だ……いや、4人だったか? まあどっちかだよ」
 じゃあ4人として。最大、8人?
 特別な感慨は無い。けれど、現実は現実。
 ……だったら。
「――よしっ!!」
 体を起こして、ベッドから降りる。それから防寒のためにもう一度飛行服を着た。
「……急にどうした」
「ええと……その……」
「言いにくいのか?」
 規則は無かったと思う。だけどなんだか、悪いことのような気がしてならない。
 それでもそうしたいと思ったんだ。現実を、自分に突きつけるために。

「――……撃墜帯を、描いてもらっても、いいですか?」





                                                   TO BE CONTINUED