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銀色の空
第三話 −撃墜王−

 高度1000。
 新米二機で編隊飛行の訓練中。
『――ルミアはすごいな』
「え?」
『飛び方が綺麗だ。鳥みたい』
 彼の機が右から左へ、ボクの上をロールしながら移動した。
「そんなことないよ。ロットこそ、鋭くて速い。ボクには真似できないから」
 左へ90、旋回。
 彼もしっかりついてくる。速度を上げる。
「鷲とか鷹とか、そんな感じ」
『じゃあ君は白鳥とか鴎とかだな』
「ほら。戦闘機乗りっぽくないじゃない」
 彼が急上昇。ボクも行く。
 しばらく上る――と、フラップが開かれた。急減速、急旋回、そして急降下してゆく。背面ですれ違う。
 速すぎる……。突然で、ボクは追えなかった。似たような動作をしてみるけど遅い。
 もうかなり小さい。ずいぶん下で、水平飛行に移っている。
『ちょっと離れたね』
「いきなり過ぎるよ。やっぱり上手い」
『そんなこと無い。俺には君みたいな、そんな優雅な飛び方は出来ない』
「……やっぱり大型機のほうが向いてるのかな?」
 やっと隣に並んだ。
『いいや。なんていうか、大鷲かな? そんなのだと思う』
「よく分かんないよ」
『もしも君と戦ったら、俺は君に絶対勝てない。そんな気がするんだ』
「えぇっ、それは無いよ、ボクが勝てないんだよ」
 そんなのまともな空戦が成立する気がしない。一方的になりそう……。
『きっと一瞬さ、君が必要なのは、引鉄にかけた指に力を込めるだけの時間』
「……」
『そろそろ帰ろう。やっぱり君と飛ぶと楽しいよ』
「ボクもさ」
 二機並んで基地を目指す。
 地上は深緑の森。まだまだ、冬は遠い――――

  ・
  ・
  ・

『――上だ!!!』
「!?」
 急旋回、射線から逃れる。
 哨戒飛行だからというわけじゃないけど、ぼけっとしていた間注意が散漫になっていた。
『散開、カバーを忘れるな!!』
 8機、他にはいないのか?
 そうか、彼らも同じなのか。数は同じ。振り切れたら大丈夫。
 背後に一つ、追ってきてる。高度差を利用した攻撃のつもりらしい、スペック差もこれでは大して役に立たない。
 加速しながら散開。敵機は巴戦に持ち込みたいらしい、後ろへ後ろへと来ようとする。
 いい距離まで詰められた。回避回避。
 撃ってくる、射線を外しながら一瞬引き起こすフリ、すぐに急降下、スロットル全開。
 条件反射的にやってみた。数日前はこれで振り切れたから。
 つられてくれた敵機は慌てて降下に移った。
 距離がさらに離れる、水平に戻して全力飛行、敵機が後方についたのを見て急上昇、失速しないうちに水平へ。
 彼は追ってこれてるのか?
 まだだ。だけど距離十分、気にしていれば、大丈夫。
 素早くロールして全方位を確認。
 右、40。旋回、全力飛行。あちこちで敵機が落ちている、あと何機だ?
 確認し切れない間に、真っ直ぐ捉えた敵機。どう動く?
 僚機を狙っている、低速の右旋回だ、こっちは旋回性で劣るから、回り込まれる。
 急接近する、右へロール、敵機のさらに内側へ、真っ直ぐ。
 ――――そこだ!!
 少し多めに掃射。上昇する。
 命中した。翼に大きな被害を与えた。
 付け根から右翼が折れて、落ちる。
「――やった!!」
 思わず声が出た。
『後方に注意しろよ!!』
 中尉の声。速度をそのまま、急上昇。撃ってきてたけど、不思議と当たる気はしない。案外当たらないものだ。
 そういえばまだ追ってきてたのか?
 いや、別のだ。予想よりずっと近い。
 そんなにドッグファイトしたいのか。ボクは応じない、逃げる。
 上昇力は勝ってる。だから敵機はすぐに諦めて旋回しようとした。
 反転、無理やりで、軽くストールする。そして急降下、敵機は避退したいのか、降下を続ける。
 ボクはそれをある程度の距離で追う。少し深追いかもしれない。
 彼の機が水平に戻った瞬間、スロットルを最大に。
 急激に詰まる距離。パイロットがこっちを見たのが見えた。回避しようと彼の機が動く寸前、機首をその手前へ向ける。
 一瞬全力射撃、それから追い越した。
 手応え。後ろを見ながらロールで一回転。
 燃えて落ちる敵機が見えた。
『よし、全機撃墜だ。ルミア、上って来い』
 中尉の声。ボクの高度は随分下にきていた。
 みんなは上で待ってる。
 ……。
 ……やっぱり、自分のことで精一杯だった。あぁ、青い青い……。
 進路を基地へ取って、ゆっくり高度を上げてゆく。
 二分ほどで同じ高度までやってきた。
 隣に中尉の機が並ぶ。
『お疲れ、これでお前もエースの仲間入りだな』
「あ……そうでしたね」
 二つ帯が増える。
 一週間前に二つと、三日前に一つと、今日で二つ。
 これで5つ。
 いわゆる撃墜王というものに含まれる、取りあえずは。
 大体の戦闘機乗りが比較的簡単に撃墜数を稼いでいるこの空で、それがどれほどの意味を持っているのかは分からない。
「……」
 胸を張って戦おう。
 この空は、ボクらの空だ。
 戦うことが義務、勝つことが当然。
『やはりお前は自由に飛んでるほうが似合ってるな』
「青い証拠です」
『そんなことは無いぞ。寧ろ出来すぎて駄目だ。もっと新米らしく飛べ』
「善処します……」
 反省ばかり。
 次は……もっと上手く。
 ただひたすら、そう思うばかりだった。
 
 
 一番最後に着陸して、風防を開く。
 しかし整備員がなにやら慌てた様子で駆けてくる。
 そして何事か聞く前に、機体の整備をその場で始めた。
「どうしたんですか?」
「すぐ飛んでくれ!!」
「は、はぁ……」
 降りた機から整備と補給を受けて、次々と空にあがってゆく。
 あれよあれよという間に全機離陸。新米だからか、ボクが最後になった。
 さらに目標も、何故かボクだけ手書きの紙で渡された。
 大規模な戦爆連合が首都へ向けて侵攻、全力で阻止せよ、と。
 整備兵がゴーサインを出した。
 機を加速させる。そして離陸。
 指定されてないし、置いていかれたから高度は高めに取ろう。
 ……参加できないまま終わりそうだな。
 それでも速度は、出来るだけ速めで飛んだ。
 なんとなく、嫌な空気だったから……。





                                                   TO BE CONTINUED